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2017年7月 9日 (日)

ジェラゾヴァ・ヴォラ

ショパンの生涯を詳しく知ったのはポーランドへ来てからでした。

音楽は親しく耳にしていてもそれほど関心が無かったからです。

”ショパンの薔薇”と名付けられた柔らかな黄色い薔薇が咲く庭。297
ジェラゾヴァ・ヴォラがショパンの生まれた地であることも初めて知りました。

ショパンの生家は当時とかなり変化しています。

298両親はとても仲が良く、ショパンの子供時代は幸せだったようです。299_2
室内に早くから音楽の才能が開花したショパンと同時代のピアノが置かれてます。

その後、若くしてポーランドを出た彼は生きて祖国に戻ることはできませんでした。

数少ない恋愛や病気の悲愛の中で作られたショパンの名曲の数々が流れるお庭。

305大きな菩提樹がありました…リンデンバウムという音の響きが好き♪302人が近づくとセンサーで数々の曲が流れるので全く飽きません♪309_3世界中から贈られた花や木が咲く庭も楽しかった!307生家にほど近い川だけは当時と変っていないはずです。

音楽を聴きながらお庭を巡り、一日いてもきっと楽しい♪

310_3とても名残り惜しく、半日ほどで後にしたのでしたconfident

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