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2017年7月

2017年7月21日 (金)

クラクフ③

あまりにも魅力的な街だったのでクラクフがだらだらと続きますcoldsweats01

中央市場広場を中心に5番の目に拡がる数々の通りは魅力的♪

184_2163何処を歩いても美しい建物や街並みが残されており、とても楽しめるのです。

シュチェハンスカ通り、フロリアンスカ通り、マルカ通り、ジュビタルナ通りetc♪

4日間の滞在でしたが途中、ビエリチカ等々に行ったのでクラクフは正味2日。

166_4別の日にまたメイン通りを歩いたり、お菓子やさんに寄ったり♪174

ミス〇のようなドーナッツはupwardright クラクフが発祥ですって!187ベーグルっぽいパンもあちこちの屋台で売られています♪185

186_3クラクフの犬たちはとてもフレンドリー♪この仔の名前はとても難しい!

全く発音できない言葉が数多くある国ポーランド…お花は万国共通lovely

180_2

206クラクフの地図はダイヤモンド型…ブルーのトラムが走っていました。

196ユダヤ人街にも行きました。

205非常に多くのユダヤ人が住み、多くの方々が亡くなられた地区。209石碑が建てられていましたdownwardright208
207今、周囲にはユダヤ料理を出すお店が多くあり、此処でラビにもお会いしました。

197198
緑豊かな公園も多く、人々は親切で優しい…何て素敵!

241旧市街を出ても古い建物は多かったのです。

242244245でも別れの日はやってきますweep

駅は完全に新しい建物でした。

246ショッピングモール併設の近代的な駅舎upwardright

250ポーランドの新幹線?に乗り、ワルシャワへ戻りました。

2017年7月20日 (木)

クラクフ②

戦争による破壊を受けずに、建物が美しいまま数多く残されたクラクフ♪

この教会の裏に聖クララ修道院があり、中庭も非常に美しいものでした。

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164_4旧市街のグロツカ通りは道幅も広く、栄えた当時の面影が偲ばれます。165_2

167「ライオン番地」の建物upwardrightライオンを見たことのない人が作った?とのことで顔が面白い!188左手に織物会館が見えてきました。176_4

街の中心の中央市場広場はとても賑っています。

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クラクフのシンボル聖マリア教会…祭壇の美しさに圧倒されます。

(撮った写真は失敗しました。その美しさはネットでご覧下されば幸いです。)

175_3191観光地らしく馬車もたくさん走っています♪189広場に面したカフェで聖マリア教会のラッパの音を待ちました♪

2017年7月18日 (火)

クラクフ①

そして長い間、憧れていたクラクフの街に着きました♪

戦火を逃れた街なので古く美しい建物が残っています。

ヴァヴェル城が見えた時は何だかとても嬉しかった!notes

151_2

153152お庭には6月のコスモスが咲いており、見ながらお茶をすることもできます♪154ここはとにかく見処満載で美術館も見応えがあり、橋の下の洞窟には火を噴く竜がいるし、ヨハネ・パウロ2世が長く神父様を務めた教会や叙階された教会もあるしで…街はどこもかしこも美しく、美味しいものが満載…とにかく何日いても飽きない魅力的な街でした♪

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155ヴァヴェル城の入口にもヨハネ・パウロ2世shine

お城を出るとそこはもう旧市街で素敵過ぎ!

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この街で長い時間を過ごされたヨハネ・パウロ2世shine

160_2若々しいパパ様に思わずにっこり♪すっかり嬉しくなって街中を歩き回りましたnotes

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169_4パパ様の生まれ故郷の名が付けられたヴァドヴィッツァshine168パパ様が大好きだったというお菓子を売るお店でしたよん♪続く。

2017年7月16日 (日)

ボスナンと忠実な犬達

古都ボズナンにはポーランド最古のキリスト教会、ボズナン大聖堂があります。

122_2大聖堂脇ではパパ様が手を挙げておられますshine121_2若々しくお元気なパパ様にポーランドでは度々、お目にかかることができました♪120大聖堂周辺は古い修道院がいくつか建ち並んでいます。

シスターの方々は昔ながらの服装で笑顔が実に美しいshine

110_2早朝のボズナンの街は重厚な印象がありました。111_5少し街の雰囲気が違うのはドイツ領だった時期があったからでしょうか?

112でも旧市街広場はやはりポーランドです!ポーランド色?の建物群♪11311412時に2匹のヤギが角を合わせる時計台…残念ながら見られなかった!happy02117

この街の名物はクロワッサンというパン♪…食べてみなくっちゃ!115_2広場の周囲にはたくさんのパン屋さんがあります。

中で見るとクロワッサンと別物の大きな甘いパン。

お店の入口で飼い主を待つ犬が可愛かった!heart04

116_2呼ぶと一瞬だけ振り向くけれど視線は常に飼い主にくぎづけ!

別の建物の前で待っていた犬も実に忠実で呼んでも動かず…

119_2

ポーランドで日本犬を見かけることはありませんでした。

118_2トラムの色が街ごとに違うのもボズナンに来て知りました。

文字も全く読めないしまだまだポーランドは遠い国でした。

2017年7月15日 (土)

トルン

ヴィスワ川添いの街トルンは戦争による破壊をあまり受けませんでした。

そのため、中世の面影を色濃く残す建物が城壁に囲まれて残っています。

旧市街はゴシック建築の傑作やコペルニクスの生家があり、観光の街♪

082非常に古い城壁は12?13世紀?083_2塔が何だか傾いて見えるけれど?城門を入って…081_3近くで見たらやっぱり傾いていた…084ポーランドに来た時はまだ小学生の姿は見なかったけれど、途中から小学生が一杯!

(どうやら16~17日に夏休みに入ったようでした) コペルニクスの生家も古い建物shine

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092_3その隣の隣にロックバー!?…学生の街でもあるので旧さと新しさが共存♪

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街の入口近くのとても古い教会は鐘の音が美しいshine

096旧市街中心部は中世の面影が残り、お祭やクリスマスは大変な賑いだそうです。

095_2旧市庁舎前のコペルニクス像upwardright

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中庭がとても良い雰囲気でした♪カフェもありましたよんcafe

この中庭を抜けると広場に出ます…カフェタイムはここで♪

099_2向うに見える塔は聖マリア教会upwardright

101_2ヨハネ・パウロ2世は度々御ミサをあげられ、人々の記憶に深く残りましたshine

102_2この御聖堂にもチェンストホーヴァの黒いマリア様がおられましたshine

長い長い祈りの時間の後、外に出るとなにやら雲行きが怪しい…thunder

100_2ポーランドでは度々、雷雨がありましたがあっと言う間に上がります♪

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多くの教会やキリスト教騎士団の城壁や旧い建物等々、見処満載の街トルンshine

104_2雨が上がれば広場の蛙の噴水は子供達の遊び場♪

(名物ピエルニキの一番大きなお菓子屋さんの近く)

ここでトルンの大学を卒業したという青年に会い、親しくなりました。

2017年7月14日 (金)

戦場のピアニスト

旧市街広場から直ぐの場所にあるバルバカン(砦)も再現された場所。

055054砦から眺める風景はまるでおとぎの国のような雰囲気♪053バルバカンから歩いてキューリー夫人博物館downwardright056またぶらぶら旧市街に戻り、アイスを食べたり、お土産物屋さんを見たり♪

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060いつまでも明るいのですが夕暮れを過ぎると人通りは少なくなります。

059何処からともなく聴こえてくるピアノの音…夜想曲の何番だったかな?

”戦場のピアニスト”は全編に流れるショパンが印象的な映画でした。

ワルシャワ蜂起を詳しく知ることになったのはその映画を通してです。

ポーランド国民の死力を尽くした闘い、連合国の援助は得られず、絶望の中での勇気と人間的な弱さ、悲しみ、誇りと優しさ、そしてショパンの名曲の数々shine

ただ皮肉なことに最も印象に残ったのはショパンでは無く、ベートーベンピアノソナタ14番「月光」でした。

ドイツ将校が廃墟で弾く場面と共に曲の哀しみと美しさが沁みました。

ポーランドに来て、”戦場のピアニスト”をもう一度、観たくなりました。

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旧市街には再現された美しい教会がいくつかあります。062067このステンドグラスさえ、元通りに復元したと聞きました。

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旧市街広場と王宮広場の途中にある洗礼者ヨハネ教会は小学生で大賑い!

061子供好きの聖フランシスコ様もさぞお喜びのことでしょう!

066そして御ミサの後はショパンが通ったレストラン「ホノラトカ」へ出かけました♪

2017年7月13日 (木)

ワルシャワ蜂起

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ポーランド国民が最も嫌いな建物は文化科学宮殿…別名”スターリンの贈物”。

37階建で234mの巨大な建物の上は四方からワルシャワの街が見渡せます。

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旧ソ連邦の影響下から完全に独立したのはそれほど昔のことではありません。

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今は高層ビルも立ち並ぶワルシャワの街はかつては瓦礫の山でした。

日本の戦後、特に広島と長崎を思えば特筆すべきことではありません。

ただこの徹底的な破壊は国民によるワルシャワ蜂起の結果なのでした。

国家間の戦争では無く、ナチス支配下から独立したかった人々の蜂起。

完膚無き破壊、瓦礫の山からの完全な再現も人々の力によるものです。

その象徴でもある旧市街をどうしても観たいと長く思い続けていました。

037_2王宮手前の塔から旧市街が見渡せます。039王宮広場upwardright 旧王宮downwardright ここも瓦礫の山でした。

石一つからの困難な復元を果たし、今は博物館。

040_4旧市街の入口は左のdownwardright 城壁からです。041

旧市街は柔らかな色彩がポーランドの良き時代を象徴しているかのようです。

036_3043古い時代の温かさがあるこの街が瓦礫の山だったとは全く信じられません!

044どの小路もやがて旧市街広場へと続くのでした。

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ポーランドの人達が愛して止まない大切な広場。

049破壊前と全く同様に再現された建物は現在、博物館です。050広場には当時と同じ井戸もあり、お水も出ますが飲めません。051

048

博物館を観たり、カフェで休んだりしながら夕方を待ち、御ミサに出ました…続く。

2017年7月11日 (火)

ショパンの心臓

他のヨーロッパの国と同様にポーランドの都市も其々に魅力的です。

「ワルシャワは好きじゃない」と仰る方もいますが個人的には好き♪

日本で例えるとクラクフは京都でワルシャワは東京と言ったところ?

到着時と出発時を合わせて計5日も滞在したせいかもしれません。

016_2ショパンの像のあるワジェンキ公園はとても広くて大好き♪

017この場所で日曜日にはピアノ野外コンサートが開かれます♪

個人的な事情で行けませんでしたが、それはもう最高に素敵なコンサートだったそうです。

ウェステイン・ワルシャワ近くのバス停から10分もかかりませんdownwardleft

019_2ショパンはポーランドの方にとって永遠の英雄なのでしょう。

今も深く深く愛され、そこ此処にショパンの存在を感じます。

街の中心部は大統領官邸やワルシャワ大学が点在します。

020_2021_2034

030

そして聖十字架教会downwardright

027この柱の中にショパンの心臓(だけが)眠っています。022ポーランドの苦難の中で生きて祖国に帰れなかったショパン…心臓だけが帰りました。

その音楽に加え、39年の生涯もショパンが今も深く祖国に愛される理由なのでしょう。

柱記載のマタイ伝1節「あなたの宝の場所にあなたの心がある」

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街の至る所にあるショパンベンチからはショパンの音楽が流れ…

024_3ショパンも学んだというワルシャワ大学upwardright を始め、至る所にショパンの足跡。028_3本当の目的ではなかったのに…すっかりショパンに魅了されてしまいましたconfident

2017年7月 9日 (日)

ジェラゾヴァ・ヴォラ

ショパンの生涯を詳しく知ったのはポーランドへ来てからでした。

音楽は親しく耳にしていてもそれほど関心が無かったからです。

”ショパンの薔薇”と名付けられた柔らかな黄色い薔薇が咲く庭。297
ジェラゾヴァ・ヴォラがショパンの生まれた地であることも初めて知りました。

ショパンの生家は当時とかなり変化しています。

298両親はとても仲が良く、ショパンの子供時代は幸せだったようです。299_2
室内に早くから音楽の才能が開花したショパンと同時代のピアノが置かれてます。

その後、若くしてポーランドを出た彼は生きて祖国に戻ることはできませんでした。

数少ない恋愛や病気の悲愛の中で作られたショパンの名曲の数々が流れるお庭。

305大きな菩提樹がありました…リンデンバウムという音の響きが好き♪302人が近づくとセンサーで数々の曲が流れるので全く飽きません♪309_3世界中から贈られた花や木が咲く庭も楽しかった!307生家にほど近い川だけは当時と変っていないはずです。

音楽を聴きながらお庭を巡り、一日いてもきっと楽しい♪

310_3とても名残り惜しく、半日ほどで後にしたのでしたconfident

2017年7月 8日 (土)

ブロフフ村のこうのとり

参加したツァーの主催者は音楽関係の方です。

ショパン所縁の地を巡る旅もとても楽しかった♪

洗礼を受けた聖ロフ教会は静かな村にあります。

288294平日だったので御ミサは行われていません。291292293戦争で大きな被害を受けたという教会は今、修復されてとてもきれいshine

美しい祭壇やパイプオルガンを見ると時が止まった錯覚に陥ります。

長い時を過ごし、外に出てみたら何やら不思議な…一体、何なの?

289_2「こうのとりの巣です。ポーランド人はこうのとりが大好き♪」

「この季節にはエジプトから帰ってきて卵を産むのですよ♪」

287_2「じゃぁこの巣の中にはコウノトリの卵があるのね?」

そんな話し声が聞こえたかのように突然何かがdownwardright

296_2「とうに卵から孵っていますよ~ん!!!」って言ったのかは不明!

野生のこうのとりの巣も、その雛が立ったのも初めて見ました!eye

びっくりぽんsign03 びっくり以上にとっても嬉しかった!notes 

ポーランドでは他にも嬉しいことがたくさんありました。

2017年7月 6日 (木)

全ては言葉から始まった

旅のもう一つの目的地、アウシュビッツ強制収容所。

人類の、最も忌むべき出来事が起こった世界遺産。

216この収容所のこの棟downwardright に収容されていたコルベ神父様。220
今は緑に溢れていますが当時、人間の尊厳は何処にも無かった。217極限の寒さと餓えに苦しむ中での過酷な重労働。

その日々で人間らしさはどう保たれたのでしょう?

219222_2でも恐怖も鉄条網も餓えによっても奪うことができなかった人間らしさは確かにありました。

この場所で餓死刑を言い渡された人の代わりを申し出たコルベ神父様shine

コルベ神父様以外にもそのような方々はたくさんおられたかもしれないshine

”聖母の騎士修道会”の神父様として大浦天主堂に赴任しておられた方shine

どのような暴力も脅しも人の尊厳を完全に奪うことは決してできません。

コルベ神父様が最後を過ごした牢に十字架が建ち清らかな花が奉げられていました。

長い祈りを奉げたかったのですがそれは許されず外に出てからロザリオを繰りました。

                           ☆

「全ては言葉から始まったのです」唯一の外国人ガイドの中谷さんの言葉。

「ヘイトスピーチが始まりでした」それはポピュリズムの波となり、ドイツ全土を席巻することになりました。

ナチスドイツは突然に始まった訳ではなく、民主主義の結果なのでした。

今、世界が向かっている方向は?その中で自身の在り方はどうなのか?

決して政治的にはならず、リベラルな立場で静かに語るガイド中谷さんshine

この方のガイドを受けられたことも今回の旅では大きな恵みと感じました。

この世界遺産は「今、自分は?これからの自分は?」を問うものでしたconfident

世界中に溢れる難民とその難民を受け入れざるを得ない国々。

日本もそうなるかもしれない…その時、自分の心の在り様は?

                           ☆

イスラエルの旗を背にかけた若者たち…今のその国の在り方は?

218そしてアウシュビッツの10倍の広さを持つビルケナウ収容所。224当時、列車が乗り入れた線路upwardright 人で溢れ、アンネもいた収容所。226_2228冬の寒さがどのようなものであったか想像もつきません。

ただ人々が餓えと寒さで毎日のように死んでいった事実。

その中で子供が生まれ、その子供が育ったという事実…

どのような状況下でも人は残虐さと優しさを合わせ持つ。

この世界遺産は今の世界と自分に向き合う貴重な場所。

躊躇う方もいるかもしれませんが今の時代だからこその大切な遺産と感じました。

2017年7月 4日 (火)

ヨハネ・パウロ2世

今回の旅の位置付けは、言わば”巡礼の旅”でした。

目的の1つはヨハネ・パウロ2世の足跡を訪ねること。

カトリック信者は教皇様を親しくパパ様とお呼びします。

”空飛ぶ教皇”とも呼ばれたパパ様は苦難の国ポーランドのご出身でした。

若くして非常なご苦労をされ、亡くなられた後は比較的早く列聖されました。

20代の時,バチカンの謁見場でパウロ6世を遠くに謁見したことがあります。

30代、ヨハネ・パウロ2世に真近で謁見の際はその写真を新聞社に撮って頂きました。

慈愛に満ちた優しい眼は深い悲しみを湛えお手は固く力強く、忘れることができません。

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聖十字架教会はカルヴァリア・ゼブジドフスカの頂上で、正面にはヨハネ・パウロ2世像shine

スロバキア国境に近い生誕の村、ヴァドヴィッツァからほど近いカルヴァリア・ゼブジドフスカは17世紀から巡礼の地として年間100万人もの人々が訪れるそうです。

ゴルゴダの丘を模して造られたこの一帯はなだらかな丘に47?ほどの教会や礼拝堂が建てられています。

カルバリアはラテン語でゴルゴダを意味するとのこと…近くの村で生まれたヨハネ・パウロ2世は頻繁に訪れたでしょうし、益々信仰を深められたように思います。

非常に広い一帯なので数々の教会群を巡ることはできませんでした。

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パパ様が子供時代から度々訪れたであろう大聖堂内部。

144子供時代には遊んだであろう中庭に美しいマリア様shine146_2この大聖堂で度々御ミサをあげられ晩年近く2002年もこの場所で祈られました。

あまりにも思いが深まり、胸が一杯になり、写真はほとんど撮ることができません。

でも心に焼きついた風景は死ぬまで心の奥深くに良き記憶として残ると思います。

ポーランドに来られて良かった!ヴァドヴィッツァの川を見られて本当に良かった!

カルヴァリア・ゼブジドフスカの丘を歩くことができて本当に嬉しかった!

20代でイスラエルの十字架の道を歩いた時の感動を思い出しましたconfident

そしてもう一つの目的地コルベ神父様の亡くなられた場所に向いました。

2017年7月 3日 (月)

ヴィエリチカ岩塩坑

個人旅行でしたらヴィエリチカ岩塩坑は行かなかったと思います。

でもツアーでは絶対に外せない観光地…2度とは来れない場所。

18世紀から公開されているポーランドの観光地は観光客で一杯!199

3層×6部屋(15人位)?のエレベーターで一気に地下まで到達します。

その間、数秒?やや恐い気分…でも若い時の英国の炭鉱の方が恐い!

700年も掘られ続けた坑内は広く、公開されているのは1/100位です。

坑内はいかにも観光地らしく、爆発時の体験ができたりして面白かった!

200201202今は塩は掘られていませんが坑内を流れる川からお土産用の塩が作られています。

203坑内で度々出会うキリスト像やマリア様はその場所で人が亡くなったとのことでした。

204よく観光パンフレットにのっているきれいなシャンデリアの写真は聖ギンガ礼拝堂。

完成まで70年かかった礼拝堂の塩のシャンデリアがとてもきれいでしたshine

最後の晩餐のレリーフもありましたが観たいものは個人的にはありません。

ただ非常に歩くし、第3層までの階段が大変なので歳を重ねると無理です。

せっかくポーランドへ行ったのなら此処は観ておくのも良いかもしれません。

そしていよいよ目的のカルバリア・ゼブジドフスカに向うのでした。

(食に関することはシニアの一人ご飯でアップしています。よろしければご覧下さい。)

2017年7月 2日 (日)

妖精の街♪

ポーランドの都市は大きな広場を中心に街が造られています。

ワルシャワのように悲しい歴史の広場もありますが楽しい広場もありました♪

オドラ川添いのヴロツワフは全くノーマークの街でしたがとても楽しみました♪

他の都市と同じように旧市街は美しく、教会が至る所にあるのも嬉しかった!

おまけに此処は妖精の街なのですheart04

123おっとこれはupwardright?妖精じゃない! 小さな小さな妖精がdownwardleft街の至る所いましたnotes124
聖エリザベート(エルジュベティ)教会前で寝ている妖精upwardleft

126旧市場広場へ入る門の建物はとても古い…何世紀だったけ?

128広場に面したカフェやベンチはのんびり時を楽しむ人々♪129そして妖精達notesかなり小さいのでほとんど気付かない…妖精だもの!125ワルシャワ蜂起を始め、闘いの歴史もあるポーランドの兵士の妖精upwardleft

この妖精達も兵士っぽいdownwardrightけれどたぶん闘いの合間の休息中かな?

130131写真を撮る妖精が面白かった!皆、こうして撮っているのnote

妖精に撮られているのはもっともっと小さい妖精だったのlovely

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旧市場広場にほど近いマリー・マグダレニー教会聖堂upwardleft

ポーランドは人口の8割~9割がカトリック教徒とのこと。

この直ぐ近くに聖アルベルト教会、砂上の聖処女教会。

聖クルジストファ教会、聖ドロシー教会があり、全て回ることはできませんでした。

広場に面したカフェで稀有な出会いがあったりして実に恵まれた旅となりました。

きっと可愛い妖精たちのお蔭なのかなぁと思いましたconfident えっ?違うかも??coldsweats01

2017年7月 1日 (土)

森と平原とショパンと♪

かねてから行きたかった国を漸く訪ねることができました。

ポーランド航空が昨年、就航したことも追風になりました。

友人もポーランド語は全く駄目なので小さなツアーに参加しました。

本当に素晴らしいお仲間達に恵まれ、実に楽しい旅になりました♪

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ポーランドは起伏の少ない平坦地でどこまでも平原が広がる国でした。

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平原ばかりで詰らないと思う方もいるかもしれませんが楽しい風景でした。

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深い森や林がところどころに拡がり、内陸の国境近くは高い山々もあります。145286

牛もいるし、平原には可愛い花々も咲いていますheart04

323322クリスマスにはポピーのケーキを食べる習慣…初めての東欧は発見が一杯!

苦難の歴史を持つこの国にすっかり魅了されて帰ってきました♪

そして至る所、ショパンshine ショパンshine ショパンnotes

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念願だったヨハネ・パウロ2世所縁の地も訪ねました。

食べ物もとても美味しく、2㎏も太ってしまいましたcoldsweats01

概ねお天気に恵まれかなり日焼けしたのは計算外happy02

自分記録で恐縮ですが、少しづつ綴っていきます。

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