もう紫陽花の季節は終わろうとしています。
紫陽花は晩年の母に似ているように思います。
昨日、MAちゃんのことを書いていて、しきりに母のことを想いました
身内の話で読み苦しいこともあるかと思いますので、ご飯記録の後にします。
お疲れの方は読まないで下さいねm(_ _)m
朝ごはん。
ハッシュポテト、水菜、トマト、キーウイ&バナナヨーグルト、オレンジジュース。
お弁当。
銀鱈西京漬、豆腐煮(葱、卵)、笹かま焼、オクラ、トマト。
夕食。
”美味しい簡素”第2弾!
”vege dining”さんの大根カレー♪
本当に大根、大蒜、お醤油、カレー粉、オリーブオイルだけ!15分でできます♪
食欲のない日でも美味しく頂けて、胃に優しいカレーです。
糠漬、水菜サラダ、キーウイヨーグルトを添えて・・・美味しかった!
■紫陽花・・・母のこと
子供の頃から病弱であった母は親兄妹に大切にされ、結婚後は夫である父に宝物のように大切にされました。
一度も世間に出たことはなく、お稽古事だけをして父に嫁ぎましたが料理や裁縫が得意で、特に華道は才能があったようです。
世間的な苦労は一切知らず、ただひたすら優しい母でしたが・・・
亡くなった時、兄妹から”K子さんほど幸せな人はいない。”と言われた母でしたが・・・
他の全ての労苦を病気で贖ったような一生でした
”お金の苦労も、世間の苦労も全く解からない母”
母の生前、針ねずみはそう思っていました。
けれども今になって真理に照らした深い人生観を持っていたと思います。
たぶんそれは長く、苦しい闘病によって培われたものでした。
幼時に受けた手術は両耳の下全てを結ぶ傷跡を残し・・・
30代では半年以上の療養生活を何度も送り・・・
57歳からの癌の転移による闘病は壮絶を極めました。
それでも母から、”痛い、苦しい。”との言葉は一度も聞いたことはありません。
”歳を重ねると容姿が全てを現す”と以前、書きましたが・・・
病気はかなり容姿を損ないます。
着物道楽で真夏も着物で過ごした母は75歳で人口肛門、人口膀胱になり着物を着ることができなくなりました。
”お洋服は似合わない・・・でもお父さんに見られなくて良かったわ♪”
(父は既に亡くなっていました。)
そして猛然と洋服のお洒落を始めました。
身体中を切り刻んだような手術の数々をものともせず、化学治療に耐えながら・・・
毎日を幸せそうに、明るく過ごしました。
この写真から1ヵ月後、最後の入院をします。
手はリンパ浮腫で腫れ上がり、お腹にはたくさんの布を巻いています。
5ヵ月後、79歳で父の元へ旅立ちました。
着物のよく似合う母でしたが・・・
病みやつれても、洋服が似合わなくても、隠すことなく、すっくりと立つこの写真が好きです。
父のいない寂しさに耐え、病に耐え、針ねずみの行く末の心配にも耐えて、最後の入院まで一人で暮らしておりました。
針ねずみに何かを強要することは一度もありませんでしたが・・・やはり母としては、母と同じような幸福を望んでいたと思います。
ただ、病気の連続でも母が幸福であったように・・・
一人ぼっちでも、裕福ではなくても・・・針ねずみは今、幸福です
「幸福の姿」は一様ではなく、人其々のものです。
生きて行くなかで変化も・・・していくものです。
振幅の大きな人生であれば尚、その姿は変化していきます。
この数年間のMAちゃんも変化しました・・・
針ねずみも大きく変化しました。
どのような姿の幸福でもかまわない・・・後悔の無い人生を歩んでね♪
MAちゃんに対する針ねずみの願いは、そのまま母の針ねずみに対する願いでもあったでしょう
だから・・・幸せに毎日を過ごしましょう!心から!!
かなり支離滅裂ですが心の整理のために書きました。
長々、読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m
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